ウミイグアナ

旅人は、海洋冒険家の白石康次郎さん。
世界一周ヨットレース「5オーシャン」では日本人で初めて2位という成績で
感動をくれました。

その白石康次郎さんが「環境と人間との関係を考える旅」というテーマで、
南米エクアドルを訪れました。2回目です。
世界遺産にも登録されているガラパゴス諸島。

その中のサンチャゴ島。
海岸の岩場にはウミイグアナがあちこちに見られます。
白石康次郎さんも海に潜ってウミイグアナの観察です。

迫力満点のいかつい顔ですが、海草を主食にしているそうです。
その為に発達した尻尾と爪がリクイグアナから進化した特徴と言われているんですね。
ウミイグアナが岩場の海草を食べている横で、白石さんも食べてみます。
「食べにくいです」(食べにくそうでした・・)

そしてガラパゴスペンギン。
赤道直下のこの島に、寒流の影響で住むことができるガラパゴスペンギンですが、
近年はエルニーニョの影響で激減。絶滅の危機だそうです。

それから向かったのが、動物たちの保護、繁殖のためのチャールズダーウィン研究所。
そこで白石康次郎さん、ゾウガメの甲羅の中に入ってみました。
「ゾウガメの気持ちがわかるよ。」と、子供のように語る白石さん。
所長さんも人間の為に保護するんやない、動物の為に保護するんだと語ってました。

そして、ダーウィンの言葉。
強いものや、賢いものが生き残るんじゃなく、変化するものが生き残る。

またまた感動の映像でした。


環境と人間との関係を考える旅

今回の旅人は、海洋冒険家の白石康次郎さん。
世界一周ヨットレース「5オーシャン」では日本人で初めて2位という成績で感動をくれました。
めざましテレビでもヨットからの中継もありましたよね。

その白石康次郎さんが「環境と人間との関係を考える旅」というテーマで、南米エクアドルを訪れました。
世界遺産にも登録されているガラパゴス諸島。

白石さんが感動したのは、何千年も変化をしていないというガラパゴスリクイグアナ。
そして、ガラパゴスゾウガメ。
大きいものは、1m50cm以上 体重270キロにもなるそうです。

いま乱獲や環境破壊により、絶滅寸前になってるそうです。

人間と動物の共存の難しさ、自然の素晴らしさが映像を通して伝わってきました。


アフリカ音楽と出会う旅

めざまし地球紀行
三味線の阿部金三郎さんの「アフリカ音楽と出会う旅」。
最後は、マリ、バンディアガラ地方でした。
岩山が200kmも続くそうです。

訪ねたのは、ドゴン族の集落でした。案内してくれたのは村長の息子さん。
家の扉に書いてある彫刻は、文字を持たないドゴン族は扉や壁に彫刻をして、
歴史を、文化を次世代に伝えて来たそうです。

村には水道も電気もないため、普通は外ですごすそうで、建物は主に倉庫として使い、
屋上で眠るんだそうです。

豊作祈願など、いろいろな祭りでつける「仮面ダンス」。全部で80種類になるそうで、
神聖な仮面を受け継ぎながら、ドゴン族の素朴な人々。

この旅を通じて、自分たちの文化や国、音楽の事ももっと勉強しなければいけない、
と阿部金三郎さんは言ってました。

アフリカの旅で、日本の音に似た楽器や曲、踊りを見た阿部金三郎さんは、かなりリンク
すると感じたそうです。

ンゴニ

めざまし地球紀行
三味線奏者の阿部金三郎さんが、アフリカ音楽と出会う旅の3回目。

今までもめざまし地球紀行は感動してきましたが、今回の楽器と出会うのは、音楽好きな自分としてはすごく興味深いです。

マリを旅して、アフリカ音楽と出会う阿部さんですが、今回はジェンネという街。
街のシンボルのモスクだけではなく、ほとんどの家が泥を使っていて、不思議な美しさがあります。

月曜日の朝市で阿部さんが見つけたのは「ボゴニ」という土。昔からこの地方では体にイイと信じられてきた石灰を含んだ土でした。ピーナッツのようだと金三郎さん。

その街の広場で三味線を弾き出すと大勢の人が集まってきます。

そして「ンゴニ」という三味線に似たギターのような楽器奏者が現れました。

この「ンゴニ」は「グリオ」とよばれる演奏者が昔から村同士の争いの仲介のために
演奏していたそうです。

そして初めて触る楽器をお互い交換して、それでも見事に演奏していました。

そのあと、三味線とンゴニのの共演が始まりました。
音楽に国境はないって本当だなと感動しました。

グリオで平和になれば世界中演奏して回ってほしいですね。

タグ:ンゴニ

トルコ建築をめぐる旅

めざまし地球紀行
左官職人・久住有生(くすみなおき)さんが旅人の「トルコ建築をめぐる旅」の最後は、人口3千人の街「ハラン」。お隣シリアとの国境が見える街でした。羊やヤギなどの家畜を飼いながら生活しています。

この「ハラン」だけに見られる独特なとんがり帽子の屋根の家々。左官職人の久住さんは壁を触って感触と素材を確かめていました。

家の中を見せてもらうと、壁は白い石灰、床は一面にじゅうたんというシンプルな内装で、外から見ると連なった屋根が並んでましたが、中は仕切りがなく部屋がつながった状態でした。

遊牧民の流れをくむ人々は、子供たちは家の手伝いをして、家族みんなで食事をしていました。

そして、日が暮れると、お母さんが布団を外へ。なんとベッドが外にあるんですね。雨がほとんど降らないこの地域は、みな外のベッドで蚊帳(かや)をかけて寝るそうです。

満天の星空の下、眠りにつく。昔からあたりまえのように過ごされていたことが、私たちにとっては日々味わえない素晴らしいことのように感じました。

久住さんもこの旅での経験や勉強させてもらったことに感謝されてたように、一視聴者の私も感動をもらいました。


カッパドキア

めざまし地球紀行
〜トルコ建築をめぐる旅〜旅人は左官職人の久住有生(くすみ なおき)さんが、世界遺産にも登録されたトルコ「カッパドキア」の大地を気球から見下ろして。
「日本とまったく別物の大自然。」と語ってました。

火山の爆発でできた不自然な光景。凝灰岩や溶岩層が堆積・風化した美しい岩肌。人の道と、水の作った道と年数がたつとこんな風になるのかなと、気球で空から見る景色が憧れてしまうくらい、雄大な感じがしました。

自然の中に自然が作った不自然な形って、誰が見ても面白かったり、感動するもので、人が作ったものなら、好き嫌いが出るけれど、自然が作ったものだから面白い、久住さんは、語ってました。

このカッパドキアの大地、どう見ても人口の岩と思えるものも自然と出来上がったもので、その地球の年月の凄さが思い知らされる映像でした。


アヴァノスの集落を訪ねていました。

カッパドキアで感じたことは、何千年とかかって地形が出来てゆく。自分たちの作るものはたかだか数年、ものを作るのにもっと執念を燃やしていかんのやなぁって、「ものづくり」へのこだわりが伝わってきました

蘇州の街並み

めざまし地球紀行。
詩人のきむさんが旅人でいく、中国・長江の旅の4回目、最終回でした。

今回は長江の下流に広がる、東洋のベニスと言われる「蘇州」が旅のゴールでした。
人口が6000万人近い大都市蘇州。
その昔、マルコ・ポーロや遣唐使なども訪れたといわれている所です。

きむさんが口にしたのは、「焼き小龍包」。おいしそうでしたね。横浜や神戸の中華街を思い出して、食べたくなりました。

そして、きむさんが乗り込んだのは、手漕ぎの船。ずっと二人コンビをくんできたという船頭さんというんですか?王さんの話を聞いて、お宅に招かれました。

子供たちが手を離れ、5年前に引っ越してきたという王さん。
「運河沿いの景色が好きなんだ」という中で、夕陽に蘇州の古い街並みと運河が金色に輝いていました。

きむさんは、重慶から蘇州までの、2300キロの旅。いろんな人に会って、いろんな夢を教えてもらって、自分が自然に成長できたように思うと感想を書いてました。

長江を下ってみたい、そう思える今回のめざまし地球紀行でした。

タグ:長江,蘇州

長江の旅・西陵峡(せいりょうきょう)

めざまし地球紀行は中国・長江の旅

ナビゲーターは詩人のきむさん・長江の旅は「長江下り」の名所めぐり。その中の名所のひとつ巫峡(ふきょう)という峡谷、両側の切り立った山の迫力に圧倒されます。孫悟空が飛んできそうな風景です。

それを過ぎると集落が見えてきて、175Mなどの看板が立っています。船長さんに聞くと、長江に「三峡ダム」というダムができるそうで、完成すると世界最大のダムだそうです。その水位の看板らしいです。

きむさんは、ダムが完成すると沈んでしまうという小さな集落を訪ねました。もうほとんどの人が集落を出たそうです。そこで出会ったのはひとりのおばあさん。寂しいけれど決まったことだから、と覚悟しているそうで、引っ越して娘夫婦と一緒に住むと話してました。

もうひとり早く引っ越すように言われているがまだ暮らしているショウさん。昼食をごちそうになりながらショウさんが「俺の自慢の景色だ」と誇らしげに話す、中国を代表する詩人、李白も美しさを讃える詩を詠んだとされる風景がそこにはありました。西陵峡(せいりょうきょう)です。

最後にきむさんが詠んだ詩は、春夏秋冬と題していました。




イタリア パルマ

絵本作家ののぶみさんが行くイタリア・エミリア街道、美食街道の旅。

最後に訪れたのは、「美食」と「芸術」の街パルマ。この街も、サッカーの中田英寿くんが選手時代に在籍していたチームがパルマだったので、ヒデのニュースのたびに街並みが紹介されていて行ってみたいと思っていた場所です。個人的にですけど・・

そのパルマ。世界的に超有名なチーズ、パルメザンチーズとこれも有名な生ハム。パルマには生ハムの専門店がいくつもあります。そして伝統的な製法にこだわった生ハム工場が200件以上も集まってるそうです。

その1つの工場で、パルマでただひとりの生ハム職人の多田さんに出会いました。塩塗りという40人以上の職人の中で5人しかできないことを任されているそうです。この塩塗りで生ハムの味が決まる大事な作業で、職人のうでの見せ所でしょうか。

生ハム協会の厳しい審査を通過したものだけに焼印が押されます。その瞬間が職人にとって晴れ舞台のようなものと多田さんはおっしゃってました。

そんな自慢の生ハムを味わってほしいと、ご自宅に招待されたのぶみさん、「うまーい、やわらかーい」と声を裏返して叫んでました。ほんと美味しそうでした。

最後ののぶみさんの絵は、「美食街道は、仕事にこだわる人に優しい道だった」と締めくくってます。


モデナ、バルサミコ酢

めざまし地球紀行。
イタリア美食街道の旅、今回で3週目。

絵本作家ののぶみさんが、今回訪れたのはモデナ。人口が約8万人の小さな街です。
そのモデナの街で、イタリア料理には有名なバルサミコ酢をお店で見つけました。

そのバルサミコ酢、日本円で4万円以上の高級なものまでお店で並んでました。伝統的なバルサミコ酢は製造番号が一つ一つ付けられています。

伝統的なバルサミコ酢を製造してるレオナルドさんの自宅を訪れると、まるでお城のような豪邸でした。レオナルドさんのお母さんと一緒でないとバルサミコ酢を見ることができません。

その豪邸の屋根裏部屋にバルサミコ酢の貯蔵庫がありました。ブドウの果汁を煮詰め発酵させて作るバルサミコ酢。寝かせれば寝かせるほどコクが増していくそうです。ワインみたいです。

で、お料理をごちそうになったのぶみさん。バルサミコ酢をほとんどの料理にかけて食べます。またここで、のぶみさん感動の涙。泣き虫さんです。「やさしい味だなぁ」

お母さんは「バルサミコ酢は私にとって子供みたいなもの。」とおっしゃってました。

のぶみさんの絵も
「みんなに愛される人は、みんなを家族と思う人」
と締めくくっていました。

ボローニャ

イタリア美食街道の旅。
旅人は絵本作家ののぶみさん。今回はボロネーゼ発祥の地で、サッカーの中田英寿元選手が在籍していた「ボローニャ」のある街ボローニャ。

のぶみさんが訪れたボローニャのお惣菜屋さん。何十種類もあるパスタの中でも、ボローニャで一番人気のトルッテリーニ。

そのトルッテリーニ作りに挑戦してました。
でものぶみさんは料理を作るのも初めてだとか。レストランのお母さんに生地作りから教わってました。生地は透けて新聞の文字が見えるくらい薄く伸ばします。

そして生地に切れ目を入れて、具を乗せて、指輪のように丸めていきます。「見た目ではない。心がこもってるかどうか。」とお母さんは言います。

のぶみさんの作ったパスタを料理してくれました。出来上がりもおいしいと言ってくれてました。
のぶみさんも「うま〜い」。お母さんの優しさに触れて、のぶみさんは又涙してましたね。
見ていても癒される映像でした。

旅をテーマに描いたのぶみさんの絵は、イタリアにとても似合ってると感じました。

美食街道の旅

めざまし地球紀行、今日からまた新しい旅です。
2回目の登場の絵本作家ののぶみさん。前回はドイツ・メルヘン街道を旅して最後は涙を流してましたね。

今回はイタリアのリミニとミラノを結ぶ2200年も前に作られたというエミリア街道。別名を「美食街道」というんですね。(大阪でいう食いだおれ・・みたいな・・ちがうか)

イタリアが初めてののぶみさん、スタートはアドリア海に面した街、リミニ。
その街の市場を歩いていると、シーフードレストランのシェフがホシザメを買っているところに出会いました。

彼のお店で、初体験のサメの料理を作ってもらう事になりました。
その街の漁師さんが漁から帰ってきたときに食べるプロディットという料理でした。
のぶみさんは「うま〜い サメが柔らか〜い」と感激!

続いてはイモラという街でした。
どのお店も卵が飾られていました。その訳を街の子供たちに教えてもらいました。キリストが復活したことをお祝いする復活祭。そのシンボルが命の誕生を表す卵なんですね。

幸せになるようにと、大切な人に卵をプレゼントしているそうです。プレゼント用に卵に絵を描いていきます。「卵に絵を描くのは初めてだ。」と言いながら、のぶみさんも描いていきました。
一緒に絵を描いていたマイケルくんのおばあちゃんのお家を訪ねます。卵をおばあちゃんにプレゼントしました。

このあたりでは、復活祭の日に卵を食べるんだそうです。自分の殻を作るのではなく、自分の殻を割っていくんだということなんですね。

また素敵なコーナーで来週も楽しみです。。

ニュージーランド

めざまし地球紀行

元サッカー日本代表の岩本輝雄さんのニュージーランド温泉の旅も最終回でした。
ニュージーランドにある温泉を巡って地元の人々と触れ合ってきましたね。

今日はニュージーランドの北島を流れるワイカト川で、そこは美しくそして高さ10メートルの滝がありました。流れ落ちる水の量は1秒間に30万リットル。25mプールが1杯分の水が1秒間に、ですね。
この川沿いにタウポという街があります。

そこで14歳から16歳の女の子たちに会いました。彼女たちは学校のサッカー部の練習をしていたとの事でした。

練習に岩本輝雄さんも緊急参加。汗を流しました。

練習後、彼女たちが汗を流しにいく温泉があると言うので、連れて行ってもらうことに・・

やって来たのは、ワイカト川。そのほとりに地中から湧き出した天然温泉があるとのこと。温泉の近くは熱いけれど、少し川のほうに行くと冷たい水が流れてきて、湯加減はちょうど良かったみたい。

その後も、川に飛び込んで、みんなとおもいっ切り泳いでました。僕も小さい頃遊んでいた事が、その頃を思い合わせてくれる、という事でしたね。

モアイ像、ふるさと

今日から新しい旅です。案内人は藤井フミヤさん。

日本からタヒチ経由でおよそ16時間。
藤井フミヤさんが選んだ場所は、周囲58kmほどの島、
イースター島。
国としてはチリの自治区にあたりますが、本土からは3800km
も離れている孤島です。島にはハンガロア村がただひとつ・・・

イースター島モアイ像です。一説では、島で暮らしていた人々が
自分たちの先祖の顔をかたどったものだ、と言われてるけれど、
何の為に作られたのかは、今も謎のまま。
モアイ像の役割は、村の人々を見守っていると考えられてきた
そうです。

そんなイースター島で、観光ガイドをしている日本人、
最上賢二さん。最上さんと一緒にむかったところは、
モアイ像の生産工場だったといわれる石切り場。
フミヤさんがモアイ像を初めて見たという教科書を
思い出させる景色。。
10世紀から17世紀ごろまで作られたと言うモアイ像。
その石切り場には、作りかけのものや運ぶ途中で置き去りに
されたものなどが見られます。17世紀ごろの部族間で争いが
起こり、島にあったほとんどのモアイ像が倒され、モアイ信仰は
終わりを告げたそうです。

最上さんのご自宅を訪ねると、出迎えてくれた、奥さんの
ゆうこさん。

翌朝イースター島に魅せられた二人がフミヤさんにぜひとも
見て欲しいものがあると、夜明け前に出発。
到着した場所はモアイ像が並ぶ場所でした。

モアイ像からの日の出を見るんですね。空が明るくなるにつれ、
モアイのシルエットがゆっくりと浮かび上がってきます。
「いつまで見ても飽きない景色」と、フミヤさんが言うほどの
景色。最上さん夫婦がもっとも好きな瞬間。。
本当に感動的な日の出でした。

最後にフミヤさんがモアイ像と最上さん夫婦の前で
ギターの弾き語りで「ふるさと」を唄ってましたね。
今回はフミヤさんの歌も聴けるそうです。。

P.S.
撮影の時のフミヤさんの日記から。
オンエアにはなかったけど、フミヤさん「TRUE LOVE」も
唄ったそうです。
最上さんの奥さんのゆうこさんが感激して涙ぐんでいたそうで、
きっといろんな思いがあったゆうこさんなんでしょうね。
まさかモアイ像の前でフミヤさん本人の「TRUE LOVE」を
聴けるなんて。。

ナイアガラ・フォールズ

めざまし地球紀行の最終回でした。
毎回すばらしいカナダの自然の中、列車で旅をしてきた
勅使川原郁恵さんですが、最後は世界中に有名な雄大な
ナイアガラの滝のあるナイアガラ・フォールズ。
とても静かな駅でした。

氷点下20℃の極寒の中、ブドウ畑の中で作業をしている人が・・・
この地域で作られる「アイスワイン」を作るための
ブドウでした。
凍らせて作るワインだそうです。とても甘いワインなんだ
そうです。

そして、いよいよナイアガラの滝、滝の幅が260Mの
アメリカの滝と、約670Mに渡ってなカーブが美しい
カナダの滝に分かれているそうで、アメリカとカナダの
国境にないっています。

この時期のナイアガラで見られる、ナイアガラの滝の
水しぶきが木の枝について凍る「フレージングレイン」と
呼ばれる幻想的な現象。
これもとても綺麗でした。

冬のカナダを列車横断の旅もゴールして、感動をもらいました。
ごくろうさま。。

カルガリー

1988年の冬季オリンピックの舞台となったカルガリーを訪ねました。
ここは街が一望できるジャンプ台がある街です。
会場となった場所では現在、様々なウィンタースポーツを楽しむ事が
できるんですね。勅使川原さんも、初めてのスポーツにチャレンジ
してました。「氷上のF1」とも言われるボブスレー。
全長1480Mのコースを約60秒で一気に滑り降りるそうです。

勅使川原さんの日記より、ボブスレーの体験の話が載ってました。
「ヘルメットをかぶって準備OK。スタートして3カーブまでは余裕
だったのが、その後からはすごいスピード。時速およそ125kmと
カーブが14あり、横の遠心力と上からの重圧で体がつぶされる感じで、
すごく体力を使いました。」どんな感じなんでしょうかねえ。

初めての体験の後は、選手時代に何度も訪れたという思い出の場所へ移動。
練習中の人のなかに、知り合いの選手がいました。勅使川原さんも練習に
飛び入り参加。「軽い気持ちで滑ります。」と言っていた勅使川原さん
ですが、氷上に立つとアスリートの顔に戻ります。
何週かリンクを滑って、「これぐらいにしておきます。本気になっちゃう
から。」って。やっぱり根っからのアスリートなんですね。


カルガリーを後にしてモントリオールへ。今日本で「ドラリオン」を
公開中のスーパーサーカス集団、「シルク・ドゥ・ソレイユ」の
本拠地がある街です。

メイプルシロップの世界の生産量の8割を占めているカナダ。
そのほとんどが。この地域で作られているそうです。カエデの樹液から
作られるメイプルシロップ。それを使った料理が味わえるというので、
モントリオールの郊外へ。

山小屋で出迎えてくれたのは、ご主人のピエールさん。まるで
サンタクロースみたいな白い髭をたくわえているおじさんです。

今日のメニューは、温かい豆のスープとハム、ウィンナーです。
その両方にメイプルシロップをかけていただきます。見ていて
「えーっ」思ってしまった。
勅使川原さんの口にはちょっと合わなかったようですが、
400年以上も続く伝統の食べ方なんだそうです。

温かい気持ちにさせてくれたカナダの旅は列車に乗り次の街を
目指します。


カナダ横断 列車の旅

めざまし地球紀行 カナダ横断 列車の旅

広大な冬のカナダを列車で西から東へ、4500kmを駆け抜け
る勅使川原郁恵さんの旅です。
とても楽しみにしているコーナーです。。

車窓から見える雪におおわれたカナディアン・ロッキー山脈。
その車内で1時間ごとに時刻が違う6個の時計を見つけました。

広いカナダなので、時差があって6個の時計が必要なんですね。
列車でもその地域を通過するたびに、4回は時計を合わせ
直さなければいけないんですね。

この日到着したのはジャスパー。ここにはリゾートホテルの数
だけ目印に氷の彫刻があって、勅使川原さんが、誰が作っている]
のかと見ていると中鉢義孝さんというこのホテルの総料理長が声
をかけていました。
この中鉢さんが作っていたんですね。ここで日本人にあって、し
かも氷の彫刻を
作っていたなんて・・

仕事終わりで中鉢さんがご自宅に招待してました。ドイツで開催
される料理オリンピックにカナダ代表で出場して、これまでに
4個も金メダルを獲得している
そうです。「ほしいなぁ」という勅使川原さんでした。

翌日、中鉢さんが「ホットスプリング」と呼ばれる露天風呂に
案内してくれてました。皆さん水着で入浴してました。

カナディアン・ロッキーを見ながら露天風呂なんて、すごい羨ま
しい映像でした。

カナダ大陸横断の旅

めざまし地球紀行
今日から新しい旅、カナダ横断列車の旅です。広大なカナダを
西から東へ横断するそうです。
旅人はスピードスケート・ショートトラック元日本代表の
勅使川原郁恵さんです。
選手時代は何度もきたカナダですが、ホテルと競技場の往復
ばかりだったので、今回の旅を楽しみにしていると言ってましたね。
宿泊ホテルには2010年バンクーバーの冬季五輪のための
五輪旗が飾ってありました。
バンクーバーからカナダ大陸横断鉄道に乗って出発です。
東のトロントまでの4500kmを4日間で走って行くそうで
す。
係りのおじさんがベッドメイキングをしている間も話をしながら
でした。
翌朝ドームカーと呼ばれる車両へ移動します。ロッキー山脈から
の日の出を見るためです。
氷点下20℃のロッキー山脈を抜けて、映し出された日の出と白い
山々を行く映像は感動的で、実際に見てみたいと思いました。
機会があればぜひ行ってみたいですね。

韓国 バスの旅

めざまし 地球紀行

韓国 バスの旅
若手お笑い芸人「5番6番」が行く 韓国一週格安バスの旅。
旅費は芸名にちなんで、2人合わせて5万6千円です。
日本から韓国へ、旅費節約にために13時間かけてフェリーで移動。
フェリー代を引かれて3万8千円の残金ですね。
で、到着地は釜山。
バスでの長旅を前に、釜山の市場で食事を取ることに。
そこで見つけたのり巻き。のり巻きのご飯は普通のご飯で、
酢飯ではないんですね。
韓国の方は、あまり酢飯を好まないんですって。具もありません。
酢飯ではないので、早く痛んでしまうので、おかずを別に添えるそうです。



アスワンの街

書道家の武田双龍さんが行くエジプト・ナイル川の旅。
ロゼッタ、カイロ、ルクソール、とナイル川をさかのぼって、アスワンの街です。
アスワンダム、アスワンハイダム(世界の地理の授業を思い出しました)
この街で双龍さんは、アラビア書道の先生と出会い、その書道教室でアラビアの書に出会いました。コーランを写すために発展したアラビア書道は絵画のような芸術的な文字でした。書道教室で書いた文字は「逢」。人と人が出逢う旅ということでしょうね。

そのアスワンで双龍さんの書いたこの旅最後の文字は「架」。人々の心を渡す「架」。

この書道の旅、僕は感動してました。
タグ:書,逢,
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